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銀色テントむし660
デカ盛り・SL・道の駅!このキャンピングカー「テントウムシ」ですか?いいえ、「テントムシ」です。家族4人、軽キャンカーで日本全国行脚します。
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銀色テントむしで幕末巡り…横須賀「信楽寺(しんぎょうじ)」(お龍の墓編)
年末年始の長期休暇中にNHK大河ドラマ「龍馬伝」のDVDをレンタルして全部観てしまいました(笑)
そのおかげで、今週は龍馬の妻、お龍(りょう)さんの最期の地を見に来てしまいました♪
蒸気機関車デカ盛り道の駅を求めて毎週末、家族旅行しているのにキャンプ歴のない軽自動車キャンピングカーeK-Campテントむし屋根開き(ROTUS(ロータス)RV販売 )」銀色テントむしテントむしオレンジ乗りのnorizoです。

フジテレビのアクションドラマ「SP」の時に大好きになった真木よう子さんがNHKの大河ドラマ「龍馬伝」では竜馬の妻「お龍」として、気高く凛々しい女性を演じて以来、お龍さんのことが大好きになりました。
今回は、そんな坂本龍(のちの西村ツル)のお墓に行ってみることにします。
横須賀からさらに東、京急本線の京急大津(けいきゅうおおつ)駅から市街地の細道を南に進み、大津小学校のある角のクルマの入りづらい細道を東に曲がると突き当たりに見えてくるのが「信楽寺(しんぎょうじ)」です。
駐車場がよくわからず、ご住職のウチの方まで行ってしまいましたが、どうやら入口右手あたりのスペースにクルマを停めても良いようです。
早朝からの出発だったため、モカさんはクルマから降りずに寝ていたいとのことなので、ズキマル君とヨメさんと見学に向かいます。
DSCF5158.jpg

入口右手にはお龍さんのお墓があることが書かれています。
DSCF5157.jpg

門をくぐって建物の左手奥に大きな墓石があります。
お参りに来る方が多いので大変なはずですが、早朝から寺社内はきれいに清掃されており、墓地なのにすがすがしい気分で散策できます。
墓石だけに撮影をためらったんですが、観光地としても成り立っているので、お龍さんにご挨拶をして撮影させていただきました。
DSCF5159.jpg
坂本龍馬亡き後、お龍は土佐の坂本家に身を寄せましたが数年で土佐を去り、京都、大阪、東京と流転の生活を送り、横須賀でその生涯を終えました。
ご本人は裕福ではない最期を迎え、お墓は彼女にかかわった有志の方々によって建てられたものだそうです。
墓には「贈正四位阪本龍馬之妻龍子之墓」と記されています。

本堂は板張りのところから土足禁止になっているので、靴を脱いで上がります。
入口はプッシュ式の自動ドアになっているので近代化に驚きますが、押してみると朝9時なのにすでに見学可能でした。
DSCF5170.jpg

中に人はいませんが本堂内で参拝を済ませたら、堂内をセルフで見学させてもらいます。
DSCF5168.jpg

入口左手には坂本龍馬とお龍さんに関する資料が展示されています。
DSCF5167.jpg
ご住職のお心遣いで、「いつでもお寺にみえた方が、龍馬とお龍と対話できるように」と、よこすか龍馬会の方々が奉納した龍馬とお龍の木彫座像が見られるようになっているのだそうです。
龍馬やお龍の肖像画などが飾られていて、お墓参りと言うよりは、史跡散策をさせていただいた感じです。

お盆や年末年始にはクルマで訪問するのは難しいですが、ピーク時期を外せばクルマで訪問できるのも嬉しいところです。
万人ウケするところではありませんが、幕末の歴史や大河ドラマが好きなら一度は訪れておきたいスポットです。


□信楽寺(しんぎょうじ)
 TEL:046-836-3731
 神奈川県横須賀市大津町3-29-1
 駐車場あり


大きな地図で見る

ワンポイント
信楽寺(しんぎょうじ)は神奈川県横須賀市大津にある浄土宗の仏教寺院である。
山号は宮谷山で、正式名称は宮谷山至心院信楽寺。三浦地蔵尊第27番札所である。
幕末の志士坂本龍馬の妻、楢崎龍の墓がある。
※ウィキペディアより

江戸時代末期の風雲児、坂本龍馬の妻龍子は、「寺田屋騒動」の際、坂本龍馬の危機を救った女性として広く知られています。
龍子は、京都の町医者楢崎将作の長女として生まれました。生年月日については、天保11年説もありますが、横須賀市に残る除籍簿では、1850年(嘉永3年)6月6日となっています。
名前は「りょう」や、「とも」と呼ばれ、伏見の寺田屋にいた頃は「お春」と呼ばれていたようです。
坂本龍馬は1867年(慶応3年)11月15日、京都の醤油商近江屋で京都守護職の配下の見廻組与力の乱入を受けて斬り付けられ、33歳の若さで暗殺されました。
未亡人となった龍子は、坂本龍馬の実家がある土佐(現在の高知県)に移り住みましたが、長続きしませんでした。その後、京都、大阪、東京と、明治初年まで流浪の生活が続きました。その原因や生活状況に関しては、さまざまな説があり、現在のところ正確にはわかっていません。
はっきりとわかっているのは明治8年7月2日、三浦郡豊島村深田222番地(現在の米が浜通り)の西村松兵衛の家に「西村ツル」として入籍しています。そして、明治39年1月15日の午後11時に亡くなっています。
さまざまな資料によれば、坂本龍馬の死後、龍子の生活は波乱の連続だったようです。
龍子の葬儀は、知人、隣人の助力により、明治39年10月20日にささやかに営まれました。
遺骨は、当時の信楽寺住職の新原了雄師の好意によって、新楽寺に葬られました。お墓は、実の妹の君枝や、鎮守府長官井上海軍大将、住職などの援助を受けて大正3年に建立しました。墓石は海軍工廠が寄贈したものです。
そらいろネットさんより

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2013/01/06 09:00 天候:晴れ
測定値:未測定(測定器具:エアカウンターS
測定場所:駐車場GL約1000mm(腰高)


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テーマ:歴史・文化にふれる旅 - ジャンル:旅行


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