銀色テントむし660
デカ盛り・SL・道の駅!このキャンピングカー「テントウムシ」ですか?いいえ、「テントムシ」です。家族4人、軽キャンカーで日本全国行脚します。
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銀色テントむしの幕末歴史探訪…松戸「戸定邸(とじょうてい)」
千葉県松戸市に江戸時代最後の将軍・徳川慶喜(とくがわよしのぶ)が大政奉還後、よく訪問していたと知って歩いてみたくなりました。
蒸気機関車デカ盛り道の駅を求めて毎週末、家族旅行しているのにキャンプ歴のない軽自動車キャンピングカーeK-Campテントむし屋根開き(ROTUS(ロータス)RV販売 )」銀色テントむしテントむしオレンジ乗りのnorizoです。

葛飾柴又、金町の間を走る国道6号線水戸街道を都内から千葉県に入ってすぐ国道298号線との交差を過ぎ、国道180号線へ入る交差点の北側、千葉大学園芸学部の森の奥にあるのは「戸定が丘歴史公園(とじょうがおかれきしこうえん)」です。
訪問には6号線陣ヶ前交差点から北の側道に曲がり、突当りのT字路を道なりに左手に進み、JR常磐線をくぐるトンネルの手前を南に入る黄色い路面の坂道を上ったところにあります。
JR常磐線の松戸駅からなら東口を降りてイトーヨーカドーの通りを南へ600mほど歩き、ライフケア松戸会堂のある交差点を常磐線の線路のある西に進んで、1本目の黄色い坂道を南に150mほど上った先にあります。
無料の駐車場もあるので、公共交通機関でもクルマでも訪問できるのが嬉しいです。
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戸定が丘歴史公園は徳川慶喜の弟・徳川昭武(とくがわあきたけ)が暮らした私邸があり、徳川家ゆかりの住宅・庭園として保存・公開されています。
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この庭園は明治17年に徳川昭武が建設し、後半生を過ごした場所です。
ここ戸定邸には慶喜公もたびたび訪れ、趣味の狩猟や写真を楽みました。
徳川家の住まいが公開されているのは全国でもここだけで、昭和26年に松戸市に寄贈され、平成3年に周囲の敷地2.3ヘクタールが「戸定が丘歴史公園」として整備され一般公開されました。
昭和61年に芝生を使い洋風を取り入れた戸定邸の庭園は千葉県の名勝に指定されました。
平18年7月には明治前期の上流住宅の姿を伝えていることから国の重要文化財に指定されました。

少し徳川昭武(とくがわあきたけ)についてお話しておきましょう。
1853年(嘉永6年)に水戸藩主徳川斉昭(とくがわなりあき)の十八男として生まれた彼は1866年(慶応2年)に清水徳川家を継ぎます。
1867年(慶応3年)14歳の彼は、フランスのナポレオン三世(シャルル・ルイ=ナポレオン・ボナパルト)からパリ万博への参加の依頼を受けた徳川慶喜の名代としてパリ万国博覧会に渋沢栄一らと共に赴きます。
当時ヨーロッパでは徳川将軍を日本の覇権者「皇帝・大君」と理解していたため昭武は皇帝の実弟として遇され、ナポレオン三世の謁見を初め先端施設など産業革命後のフランスの実情を視察しました。
万博終了後は更にイギリスでビクトリア女王と謁見し、スイス、オランダ、ベルギー、イタリヤなどヨーロッパ各国を訪問、歓迎されて最新設備と視察を続けます。
昭武は継続して留学の予定でしたが、大政奉還・明治維新のため急遽帰国して最後の水戸藩主を継ぐこととなり藩の整理に努めます。
1876年(明治9年)になるとアメリカ大博覧会御用掛として渡米し、その後再びフランスに留学しました。
1881年(明治14年)に帰国、以後長年にわたり明治天皇に奉仕し、晩年は茨城県で植林事業を行いました。

数十年に一度と言われる大雪の後の訪問となったため、公園内の南側、千葉大学との境付近の東屋近くの広場では普段見ることのない雪中梅を見ることが出来ました。
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この公園の中には徳川昭武が晩年暮らした「戸定邸(とじょうてい)」を見学することができます。
入場料は大人150円子どもは無料です。
そして毎月10日(定休日の場合は翌日)のみ、邸宅から続く庭園に降りることができます。
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公開が1ヶ月に一度と言う庭園に降りられた上に、一面の雪景色と言う数少ない機会に大興奮で散策しました。
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邸内の入口すぐ先左手の内倉(蔵)には葵の紋の入った品があり、奥には(入れませんが)2階へ続く階段もあります。
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大政奉還後、写真を趣味とした徳川慶喜も度々ここを訪問して写真撮影に精を出したそうです。
邸内には徳川慶喜の撮影した写真やゆかりの史実が各所に表記されています。
内倉の先の広間左手には客間と対をなす「書斎」があります。
明治中期、昭武はここで過ごす時間が多かったようです。
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窓からは東京がよく見渡せます。
将軍家から一転、一般人となりながら変わり行く時代をここから見て過ごしたのでしょう。
天気がよければ富士山も見える窓からはスカイツリーがそびえて建ち、100余年の時代を一気に飛び越えた気すらします。
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湯殿(お風呂場)は来客専用で大正10年以降に作られたものだそうです。
近づいてみると浴槽が思いのほか小さく、当時と現代の入浴との違いに少し驚きます。
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入館料100円(セット券240円)の戸定歴史館も訪問してみました。
DSCF0070.jpg
常設展で徳川家の所蔵品が見られるのかと思っていたら…企画展中は展示されていませんでしたorz
時期によっては昭武や慶喜の遺品を展示することがありますので確認の上後訪問ください。

雪景色の中、幕末最後の将軍と過ごした静かな地に、ズキマル君と新たな発見も多く楽しい時間を過ごすことができました。


□戸定邸(とじょうてい)
 TEL: 047-362-2050
 千葉県松戸市松戸714-1
 開館時間 9:30-16:30
 休館日:月曜
 入館料:大人240円子ども無料
 駐車場:あり


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2014/02/11 11:30 天候:曇り
測定値:未測定(測定器具:エアカウンターS
測定場所:駐車場GL約1000mm(腰高)

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