銀色テントむし660
デカ盛り・SL・道の駅!このキャンピングカー「テントウムシ」ですか?いいえ、「テントムシ」です。家族4人、軽キャンカーで日本全国行脚します。
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銀色テントむしで幕末歴史探訪…水戸市「回天館」
最近レンタルで、NHK時代劇「陽だまりの樹」を観ていて、主人公を演じる市原隼人さんもカッコ良かったんですが、津川雅彦さん演じる「藤田東湖(ふじたとうこ)」に感銘をおぼえ、彼に由来する地を訪問してみたくなりました。
蒸気機関車デカ盛り道の駅を求めて毎週末、家族旅行しているのにキャンプ歴のない軽自動車キャンピングカーeK-Campテントむし屋根開き(ROTUS(ロータス)RV販売 )」銀色テントむしテントむしオレンジ乗りのnorizoです。

今回はちょっとマニアックな歴史ネタです(笑)
藤田東湖(ふじたとうこ:1806年~1855年)は幕末期の水戸藩士で尊皇攘夷(そんのうじょうい)推進派の巨頭と言われた人物です。
「東湖」は号(筆名・ペンネーム)で、名は水戸藩主・徳川斉昭(とくがわなりあき)より「誠之進」を賜っています。
幼時より文武の修練に励み、水戸学の大成者としての地位を確立し、藩主徳川斉昭をたすけ藩政改革に尽力しました。
また、藩校「弘道館(こうどうかん)」の創設を藩主斉昭と共に成し遂げています。
「回天詩史(かいてんしし)」など著書も多く残し、幕末の水戸藩氏の礎となりました。

そんな「回天詩史」を由来とした神社と資料館をネットで発見し、訪問してみることにしました。
常磐自動車道の水戸北(みときた)スマートインターチェンジから国道123号線を南に進み、袴塚3丁目交差点からの国道118号線も直進し、末広3丁目交差点の先のT字路を東に進んでしばらくすると見えてくるのは「回天神社(かいてんじんじゃ)」と「常盤共有墓地(ときわきょうゆうぼち)」です。
DSCF0288.jpg

回天神社(かいてんじんじゃ)は幕末の動乱期、安政の大獄(あんせいのたいごく)、桜田門外の変(さくらだもんがいのへん)、天狗党の乱(てんぐとうのらん)、会津戦争(あいづせんそう)などで国事に殉じた水戸藩士を中心とした志士を祀る神社で、社名は藤田東湖の著作「回天詩史」に由来しています。
1870年(明治3年)に境内に作られた、天狗党の乱で落命した志士の墓を起源とし、1889年(明治22年)に水戸勤王殉難志士之墓保存会(みときんのうじゅんなんししのはかほぞんかい)が結成され合同祭祀が行われるようになったそうです。
そして1933年(昭和8年)には田中光顕(たなかみつあき:旧土佐勤皇党員、陸援隊幹部、伯爵)らの後援により忠魂塔も建立されたそうです。
その後1969年(昭和44年)に明治百年記念事業の一環として、松下幸之助(まつしたこうのすけ)らの提唱により忠魂塔前に本殿、拝殿、鳥居、参集殿などの社殿が建立され、翌1970年、茨城県知事から宗教法人の認可を受けました。
DSCF0289.jpg
神社に隣接して、1914年(大正3年)に氏名が判明した殉難志士371名を葬った「水戸殉難志士の墓」があります。
墓石は古いものもありますが、東日本大震災以降修復されたのか、碁盤の目のように整地され、ご親族の方でも歴史ファンでもお参りしやすくなっています。

この境内の一角に、「回天館(かいてんかん)」が無料公開されています。
DSCF0291.jpg

この建物は幕末1865年(旧暦元治元年末)に「天狗党の乱(てんぐとうのらん)」参加者が越前敦賀で降伏した後に囚われ、獄舎(ごくしゃ)として監禁されていた鰊倉(にしんぐら)を、1957年(昭和32年)に敦賀市から常磐神社に移築し、平成元年に回天神社境内に再移築し、現在は資料館として公開しています。
DSCF0295.jpg

内部は天狗党資料の展示が中心で、柱と梁の一部や瓦は当時の材が使用されており、扉や板壁に天狗党員の絶筆が残されています。 
DSCF0298.jpg


回天神社の北側は「常盤共有墓地(ときわきょうゆうぼち)」となっています。
常盤共有墓地の歴史については、改めて訪問したときに話題とさせて頂こうと思いますが、この墓地の中に「藤田東湖の墓」もあるのです。
DSCF0304.jpg
この墓地には茨城県の名だたる名士の墓があり、名所をめぐるスタンプラリー会場にもなっています。
現在の日本を導いてくれた偉人に手を合わせ、移り行く時代を見守る人たちに感謝を伝え墓地を後にしました。

あまりにマニアックな歴史探訪だったため、ズキマル君もモカさんもチンプンカンプンの様子でしたが、norizoだけでも大満足できたので記事にさせて頂きました。

レンタルビデオからここまで旅することになるとは思いませんでしたが、素晴らしい作品に出会えたことに感謝しつつ、また何か感銘を受ける作品に出会ったらどこまででも訪問してみようと思います♪

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回天詩
藤田東湖

三決死矣而不死。二十五回渡刀水。
五乞閑地不得閑。三十九年七処徙。
邦家隆替非偶然。人生得失豈徒爾。
自驚塵垢盈皮膚。猶余忠義填骨髄。
嫖姚定遠不可期。丘明馬遷空自企。
苟明大義正人心。皇道奚患不興起。
斯心奮発誓神明。古人云斃而後已。

【解説】
自分は今禁錮の身となつて徐かに過去の生涯を回想して見るのに、これまで邦家の難局に処して死を決したことが三度もあるが、遂に死を得ずして今日に至つて居る。また夙くから国事に奔走し、屡々江戸・水戸の間を往来して、二十五回も刀根川を渡つた。公職を辞して閑地に就かうとしたことも五度もあつたが、それも叶はなかつた。過去三十九年間に、公事の為に家居を移すこと七度にも及んで居る。而して今測らずも藩公は禍に遭ひ、自分も亦茲に幽囚の身となつてしまつた。個人一身上ですら斯の様な変化である。我が水戸藩政の盛衰消長今日に至る誠に偶然ではない。人生得意となり失意となるのも決してただ事ではない。思へば益々感慨深きものがある。
 自分は幽居既に数月に及び、身の不潔云ふばかりなく、皮膚を掻けば塵垢爪に盈ち、自分ながら驚くほどだが、烈々たる一片の忠義心はなほ内に潜み骨髄を填めて居る。自分のやうな不敏の者は、彼の漢武帝の臣霍嫖姚が匈奴を征すること六度、内蒙古の地をして漢に帰せしめた如き、又漢明帝の臣班定遠が西域に使して留ること二十年、域内を悉く漢に服せしめた如き大事業は到底為し得ないが、魯の史官左丘明が左氏伝を撰作し、或は漢武帝時代の学者司馬遷が史記を完成した例に倣ひ、専ら修史述刪に努め、以て大義名分を正さうといふ気魄だけは持つて居る。君臣の大義を明らかにし人心を正すといふことは、実に皇道振作の唯一の道である。自分は資質駑鈍ではあるが天地神明に誓ひ、畢生の心を竭くし、終身の力を極め、事に斯に従ひ、古人の云つた如く、斃れて後已むの決心を以て、此の志を達成しようと堅く期して居る。

※1941年(昭和16年)7月7日発行 興亜教育会編纂『藤田東湖正気歌・回天詩・弘道館記 読解』
HP:菊池眞一研究室さん「日本思想」より
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□回天館(かいてんかん)
 TEL:029-226-9028
 茨城県水戸市松本町13-33
 開館時間 10:00-16:00
 定休日:月・金曜日
 入館料:無料
 駐車場あり


より大きな地図で 銀色テントむしの幕末歴史探訪(関東編) を表示

ワンポイント(回天館)
1864年、尊王攘夷の志なかばにして幕府に降伏した天狗党の志士800余名は、敦賀にあった16棟の鰊倉(にしんぐら)に押し込まれ、残酷非道の処遇を受けました。この鰊倉の1棟を約100年後、敦賀市より譲り受けて水戸の常磐神社境内に移築し、回天館と名付けた。しかし、歳月の経過と共に老朽化が進み、水戸市民の有志が浄財を募り、平成元年、回天神社境内に移築されました。現在、回天館は保存会によって管理され、天狗党の資料などを展示し、永く顕彰する事を目的としています。扉や板壁などには牢居していた人々の血書の文字が散見され、武田耕雲斎以下処刑されるまで拘置されていた当時を偲ぶことができます。
※水戸市HPより

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2014/03/09 12:30 天候:晴れ
測定値:未測定(測定器具:エアカウンターS
測定場所:駐車場GL約1000mm(腰高)

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テーマ:歴史・文化にふれる旅 - ジャンル:旅行


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