銀色テントむし660
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銀色テントむしで古城巡り…佐久市「龍岡城五稜郭」
関東の駅スタンプラリーに参加した折に、道の駅で見かけた観光案内で知った城跡を訪問してみることにします。
蒸気機関車デカ盛り道の駅を求めて毎週末、家族旅行しているのにキャンプ歴のない軽自動車キャンピングカーeK-Campテントむし屋根開き(ROTUS(ロータス)RV販売 )」銀色テントむしテントむしオレンジ乗りのnorizoです。

JR八ヶ岳高原線の臼田(うすだ)駅の西、臼田駅前交差点から県道2号線を北へ道なりに進み駅からおよそ500m、線路の先のY字路から東へ進む県道93号線を直進します。
県道93号線を道なりに800mほど進むと県道120号線との分岐の先に見えてくる龍岡橋交差点を北へ進み、龍岡橋を渡ったら東への路地に入ると、駅からおよそ1.5キロで見えてくるのが「龍岡城跡」です。
DSCF1253.jpg

無料の駐車場や資料館も併設するこの城跡がすごいのは「日本に2つしかない」と言う「五稜郭(ごりょうかく)タイプ」の城郭である点です。
googleマップから等倍率で衛星写真を重ねてみると、函館戦争で新選組副長の土方歳三(ひじかたとしぞう)が活躍した函館五稜郭(はこだてごりょうかく)よりは小規模ながら、美しい星形の城郭であることが分かります。
それゆえ、「龍岡城五稜郭」と呼ばれ、地元から愛され大事に保存されています。
函館・佐久五稜郭比較
※見づらい場合には写真をクリックして頂けるとアルバム内の大きな写真にリンクしています。

空から見ると美しい星形ですが、近づくと星のトンガリの石垣が見えるだけなので、ちょっとさみしい気もします(笑)
DSCF1249.jpg

資料館は星の北側の頂点の東側の大手門前には「五稜郭であいの館」として朝9時から夕方4時まで無料開放されています。
DSCF1250.jpg

館内には龍岡城五稜郭の鳥瞰ジオラマが設置され、現在の様子を把握することが出来ます。
DSCF1251.jpg

また、発掘された建設当時の資料や工具・材料などと共に、龍岡城の歴史も知ることが出来ます。
DSCF1252.jpg
休憩所も兼ねており、スタッフの女性にお茶を出して頂き、のんびりと展示を見学することが出来ました。

この城は幕末、松平乗謨(まつだいら のりかた)と言う人が建てた城です。
DSCF1254.jpg
信濃国(長野県)と三河国(愛知県)に領地を持つ三河奥殿(みかわおくとの)藩(現在の愛知県岡崎市)の藩主だった松平乗謨(まつだいら のりかた)・のちの大給恒(おぎゅう ゆずる)は、幕末の動乱期に拠点を飛び領地であった田野口(現地)に移すことを決めました。
開明派だった松平乗謨は洋式築城での設計を幕府に届け出て許可を得た上で、1864年(元治元年)に築城を開始しますが完全な完成前に明治維新を迎えることとなりました。
1868年(慶応4年)5月28日に藩名を田野口藩は龍岡藩と改め明治2年(1869年)6月、版籍奉還により大給恒は竜岡藩知事に任じられます。
しかし竜岡藩の財政破綻のため廃藩を申し出て廃藩置県前の明治4年6月2日(1871年7月19日)、廃藩となりました。

総工費は当時の金額で4万円強と伝えられており、フランスの稜堡を取り入れているものの、胸壁が低く水堀も狭く、砲台も西方に一基しか無いため実戦には耐えられかったであろうと考えられています。
内郭の中央に藩主宅と政庁があり、正門、通用門はそれぞれ東北、東南の凹面に、また非常門は西北と南南東の凹面に設けられていました。
DSCF1256.jpg

現在城跡には佐久市立田口小学校が建っているますが敷地内の見学が可能で、予約すれば当時のまま残る御台所櫓(おだいどころやぐら)の見学も可能です。
しかし、見学には前日までの予約が必要なため、今回は見ることが出来ませんでした。
DSCF1261.jpg

石垣の一部には堀の巡らされていない部分もあり、「未完成」や「実戦的でない」という評価にも肯けますが、それゆえ残ってくれていると言う意味では、評価すべき点でもあるでしょう。
DSCF1262.jpg

歩いてみると堀も浅く、南北には標高が高く陣を敷きやすいポイントがいくつもあることから「象徴」としての意味合いが大きかったのかもしれません。
DSCF1258.jpg
実際、悩みぬいた城主は新政府軍として残存幕府軍の討伐に参加し、大きな評価を得ることとなりました。

幕末史に興味を持ち始めたころ、長野県と言うとあまり歴史の表舞台に立たなかったイメージが強かったのですが、徐々に知識を得ることにより教科書では得ることのできない重要な史実が多いことをあらためて感じます。
すでにセミの鳴き声も大きく鳴り始め、高い青空が包み込む緑の大地に、当時の人々の複雑な思いを少しだけ汲み取ることが出来ます。

この夏、涼を求めて信越エリアにお出かけの際には、日本の真ん中の五稜郭を眺めにお出かけになってみてはいかがでしょう。


□龍岡城五稜郭(たつおかじょうごりょうかく)
 TEL:0267-82-0230
 長野県佐久市田口2975-1
 佐久市歴史の里「であいの館(やかた)」
 開館時間 9:00-16:00
 休館日:火曜日、年末年始
 入館料:無料
 駐車場あり(無料)


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2014/06/14 12:30 天候:晴れ
測定値:未測定(測定器具:エアカウンターS
測定場所:駐車場GL約1000mm(腰高)

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テーマ:歴史・文化にふれる旅 - ジャンル:旅行


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