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銀色テントむし660
デカ盛り・SL・道の駅!このキャンピングカー「テントウムシ」ですか?いいえ、「テントムシ」です。家族4人、軽キャンカーで日本全国行脚します。
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銀色テントむしの幕末歴史探訪…長崎「龍馬像と土佐商会跡」
歴史旅をするようになったのは三谷幸喜が脚本を務めたNHK大河ドラマ新選組!」で幕末の歴史に興味を持ったことの始まり、その後のNHK大河ドラマ龍馬伝」に至るころには幕末大好き人間に育ってしまいました(笑)
蒸気機関車デカ盛り道の駅を求めて毎週末、家族旅行しているのにキャンプ歴のない軽自動車キャンピングカーeK-Campテントむし屋根開き(ROTUS(ロータス)RV販売 )」銀色テントむしテントむしオレンジ乗りのnorizoです。

冬の家族旅行で長崎を目指したのは、幕末の偉人・坂本龍馬(さかもとりょうま)が長崎の地に多くの足跡を残したと言うことで、一度歩いてみたいと思っていたからです。
かつて京都の島原(京都市下京区)、江戸の吉原(中央区日本橋人形町)と共に日本三大花街として栄えた長崎・丸山(長崎市丸山町)から北東の上り坂の続く居住区である風頭(かざがしら)町の細い路地や階段は、幕末の志士たちの息吹を未だ感じ取ることのできるスポットです。
…こうして坂本龍馬に関わるスポットを回ってみると、必ず花街が近くにあるので、ちょっと子どもたちとの会話に詰まることもありますが、やはり後世に名を残すには昼も夜もバイタリティに満ち溢れていなければならないのかもしれません(笑)
DSCF7100.jpg

今回は風頭町を中心に坂本龍馬に関わる屋外スポットの散策をひとまとめにしてみましょう。
※亀山社中記念館と同資料館は後日改めてレビューします。

【風頭公園龍馬像】
長崎の港を見下ろす風頭山にあり、ハタ揚げの名所として市民に親しまれている公園です。
長崎電鉄の公会堂前(こうかいどうまえ)停車場から桜町通りを東へ進み石橋を渡ってお寺の続く路地を南下して延命寺と長照寺の間を東へ進む階段をひたすら登って行きます。
途中にあると言う皓台寺(こうだいじ)の饅頭屋・近藤長次郎(こんどうちょうじろう)の墓を見つけることが出来ずに山の頂上まで来てしまいました。
※長照寺の南隣の皓台寺の墓地の階段を上ると階段沿い南側に近藤長次郎の墓所があるそうです。
墓所エリアが終わり、住宅街に入ったら北へ少し進むと山頂近い高台に見えてくるのが「風頭(かざがしら)公園」です。
春は桜、初夏にはあじさいが咲く花の名所としても知られています。
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公園の高台から西側の賑橋エリアを眺めるように展望台に大きな龍馬像が建っており、これが観光スポットの一つとなっています。
また、平成24年10月に世界新三大夜景に長崎の夜景が認定され、長崎のすり鉢状の地形が生み出す立体的な夜景、様々な夜景スポットから見られる、多方向からの俯瞰的な夜景の美しさが高い評価を得ています。
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【龍馬のぶーつ像】
1995年10月28日に亀山社中創設130周年を記念して市民グループ「亀山社中ば活かす会」の呼びかけにより建立されたのがぶーつ像です。
長崎電鉄の新大工町停車場から西側のコンビニの先の路地を南へ進み、橋を渡って道なりにお寺の続く路地を進んだら禅林寺と深崇寺の間の階段を東に登って行くと階段を上り切った路地の北側・亀山社中記念館(長崎県長崎市伊良林2-7-24)のすぐ北側から西へ下りる階段を数段降りた先にあります。
DSCF7104.jpg

亀山社中門前のポケットパークに建っており、ここからは長崎港など長崎の街並みが望めます。
実際にブーツに足を入れることができるため、記念写真のスポットとしても人気で腕を組んで長崎を一望すれば、まるで龍馬になったような気分を味わえます…とのことですが靴のサイズは60センチほどもあるようで、その偉大さに自分の器の(足の)小ささを感じてしまうかもしれません(笑)。
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【若宮稲荷神社】
勤皇稲荷とも呼ばれ、幕末には、坂本龍馬など多くの志士達が参拝したといわれる神社で、ここにも龍馬像があります。
龍馬散策ルートで瓊浦(けいほ)高等学校(長崎県長崎市伊良林2-13-4)の西側にあり亀山社中記念館・ぶーつ像・亀山社中資料館のすぐ東側に位置しますが、若宮稲荷神社だけを案内するにはちょっと言葉で表現するのが難しい場所にあります。
新大工町停車場を南へ進んで橋の先のY字路を東へ進み、突き当りの階段を道なりに登り続けると西側に見えてくる…と言う表現しかできませんがお許しください。
DSCF7101.jpg

「古いお宮を若宮」と親しまれる若宮稲荷神社は、出来大工町乙名(おとな)・若杉喜三太が自邸に祀っていた南北朝時代の忠臣・楠木正成(くすのきまさなり)公の守護神(稲荷大神)を延宝元年(1673年)に現在地に移したのがはじまりと伝えられています。
また、元文元年(1736年)に長崎奉行・細井因幡守安明が参道を開削し、社殿を改築したのをはじめとして代々の奉行、人々の尊崇を集めてきた神社です。
志士たちが会した居住区の近くにあり山あいで開けた土地であったことから、彼らが集い、平和への祈りを思うには適した場所だったのでしょう。
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【土佐商会跡】
土佐商会が設立されたのが慶応2年(1866年)で、ここに赴任してきた土佐藩士・岩崎弥太郎(いわさきやたろう)は、翌慶応3年に結成された海援隊(亀山社中から改称)の活動を支援することになります。
長崎電鉄の西浜町アーケード前停車場の乗降所北側に見逃してしまいそうにひっそりとその石碑が建てられています。
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土佐商会は土佐藩の藩営商社で、その長崎出張所がこの地にありました。
その主任となった岩崎弥太郎は脱藩しながらも日本と土佐藩のために活躍した坂本龍馬を支援していたと言われています。
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坂本龍馬に関するスポットや龍馬像はまだまだたくさんあるようなのですが、散策にあてた時間に限りがあり、今回はこれが限界でした。
LCCなどの飛行機やリーズナブルな宿との併用で、予想よりもローコストで楽しめる事がわかった長崎、今後もリフレッシュと歴史探訪のために小遣いを貯めて再訪したくなりました。


□馬頭(かざがしら)公園・龍馬像
 長崎県長崎市伊良林3丁目6-11付近 

□龍馬のブーツ像
 長崎県長崎市伊良林2丁目5-11付近

□若宮稲荷神社
 長崎県長崎市伊良林2丁目10-2
 TEL:095-822-5270

□土佐商会(とさしょうかい)跡
 長崎市浜町2丁目(西浜町アーケード前駅付近)


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2016/12/27 10:00 天候:晴れ
測定値:未測定(測定器具:エアカウンターS
測定場所:駐車場GL約1000mm(腰高)
 

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