銀色テントむし660
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銀色テントむしの古城巡り…横浜大倉山「大曽根城址」
横浜大倉山付近は、戦国時代前期に城があったらしいと聞き、ズキマル君と坂道を散策してみることにします。
蒸気機関車デカ盛り道の駅を求めて毎週末、家族旅行しているのにキャンプ歴のない軽自動車キャンピングカーeK-Campテントむし屋根開き(ROTUS(ロータス)RV販売 )」銀色テントむしテントむしオレンジ乗りのnorizoです。

東急東横線の大倉山(おおくらやま)駅の西口から線路沿いを北に坂道を上りながら5分ほど進んでいくと、坂の頂上付近に大倉山公園が見えてきます。
どうやら、この近隣一帯が「大曽根(おおそね)城址」があったとされている場所のようです。
DSCF7510.jpg

どちらかと言えば、大倉山公園に保存されている「横浜市大倉山記念館」(旧・大倉精神文化研究所本館)の方が有名ですので、その「ついで」としての訪問となるのが一般的かもしれません。
DSCF7508_201604090946229c7.jpg

大倉山公園の少し北側に門を構えるのが「竜松院」で、この寺に置かれた石碑のいくつかに、当時この近辺が城であったことが記されています。
DSCF7513_201604090946219d3.jpg

明確な城跡の場所は判っていませんが、小机城の二代目城主だった後北条氏の重臣・笠原康勝(かさはらやすかつ)が竜松院を開基したとされる記念碑が設置されています。
どうやら後北条氏の小机城の支城としての位置付けだったようです。
DSCF7512_201604090946220c0.jpg

竜松院は、小机城主・笠原能登守(法名・休徹金罷居士)が開基となり、永禄3年(1560年)に文殊堂と称して創建、万治4年(1661年)頃に寺となり、慶安元年(1648年)には寺領9石余の朱印状(所領安堵の公文書)を拝領しています。
DSCF7514.jpg

寺内北側の傾斜地に広がる墓地の社殿近くには北条早雲や笠原氏の供養塔が残ります。
戦国時代初期には一時廃城となっていた小机城でしたが、後北条氏の勢力拡大に伴い家臣・笠原信為(かさはらのぶため)が城代となりました。
近在の武士団は小机衆として組織され、この村周辺もその勢力下におかれ、大倉山の北側の山裾にも笠原氏一族の者が砦を築き住んでいました。その跡地となるこの辺りの地名には「殿谷(とのやと)」の名が残ります。
天正18年(1590年)の北条氏滅亡により、笠原氏は冨川と名前を変え、今も菩提寺を守る一族としてその名を残しています。
DSCF7517_20160409094619780.jpg

城跡としての見所は少ないのですが、近隣の街並みや坂道との生活、大倉山公園の豊かな自然を肌で感じながら、ゆっくりと時間をかけて散策するのに適したスポットです。


□大曽根城址(おおそねじょうし)
 TEL:045-531-1551
 神奈川県横浜市港北区大倉山2-36-8(竜松院)
 開館時間 日中
 休館日:なし
 入館料:無料
 駐車場あり(拝観者用)


より大きな地図で 銀色テントむしの古城巡り を表示

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2016/03/21 15:00 天候:曇り
測定値:未測定(測定器具:エアカウンターS
測定場所:駐車場GL約1000mm(腰高)
 

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テーマ:歴史・文化にふれる旅 - ジャンル:旅行


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