銀色テントむし660
デカ盛り・SL・道の駅!このキャンピングカー「テントウムシ」ですか?いいえ、「テントムシ」です。家族4人、軽キャンカーで日本全国行脚します。
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銀色テントむしの古城めぐり…大宮「寿能(じゅのう)城址」
大宮で人々の文化の発展とともに武蔵の国を見守り続ける関東三大師・氷川神社の近くにも戦国を支えた古城があったことを知り、少し歩いてみることにします。
蒸気機関車デカ盛り道の駅を求めて毎週末、家族旅行しているのにキャンプ歴のない軽自動車キャンピングカーeK-Campテントむし屋根開き(ROTUS(ロータス)RV販売 )」銀色テントむしテントむしオレンジ乗りのnorizoです。

東武野田線の大宮公園(おおみやこうえん)駅から南東の大宮第二公園駐車場を目指し、駐車場西側の水路の脇を南に進んで住宅地の中を少し歩くと見えてくるのが現在の寿能公園である「寿能(じゅのう)城址」です。
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駐車場はありませんが、すぐ東に大宮第二公園の無料駐車場があるので、そこから歩いても5分程度です。
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寿能城は戦国時代前期の下克上の雄・太田道灌(おおたどうかん)の家系で岩槻城主・太田資正(おおたすけまさ)の庶子または養子・潮田資忠(うしおだすけただ)によって永禄年間(1560年頃)に築かれました。
DSCF1626_201703050955435da.jpg

永禄7年(1564年)に北条氏が資正の留守中に太田氏長男・氏資(うじすけ)を調略し資正の追放功すると、資忠は兄に従い北条氏に属しました。
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やがて、天下統一を目指す豊臣秀吉(とよとみひでよし)が天正18年(1590年)に北条氏の本城・小田原を攻めた際には、潮田氏は従属した北条氏に従い小田原城の詰めに入りました。
小田原城落城の際に、潮田氏は外郭の井細田口の守備に当たりましたが討ち死にしてしまいます。
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後詰として寿能城に残ったのは、二男の潮田資政(うしおだすけまさ)と家臣らでしたが、浅野長政(あさのながまさ)勢に攻められて落城し、家臣や妻子らは見沼(さいたま市)に身を投じました。
DSCF1630_20170305095541c08.jpg

この落城の際に、城代の潮田資政は脱出に成功し、その後に子孫が古河藩家老を務めています。
DSCF1631_20170305095804b46.jpg
城址は宅地化のためほとんどの遺構を失いましたが、物見櫓跡が寿能公園となっており、資忠の墓所があります。


□寿能(じゅのう)城址(寿能(じゅのう)公園)
 TEL:なし
 埼玉県さいたま市大宮区寿能町2-155
 開放時間 常時開放
 休館日:無休
 駐車場なし(近隣に無料駐車場あり)


より大きな地図で 銀色テントむしの古城巡り を表示

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2017/02/04 16:00 天候:晴れ
測定値:未測定(測定器具:エアカウンターS
測定場所:駐車場GL約1000mm(腰高)
 
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